導入
総合診療に興味があっても、「その先のキャリアが見えない」と感じる若手医師は少なくありません。今回お話を伺ったA先生も、かつては同じように迷いの中にいました。周囲の反対、専門選択への揺れ、そして人生の転機。そうした時間を経て、今A先生は「総合診療のキャリアを見えるものにしたい」と語ります。その歩みを伺いました。
第1章 「総合診療はやめたほうがいい」と言われた頃
インタビュアー:A先生は自治医大をご卒業後、地元に戻られて初期研修を経たのち、3年目から地域の病院で勤務されたんですよね。この頃は、もう総合診療に進もうと決めていたんでしょうか。
A先生:総合診療に大きな魅力を感じていましたが、実は、臨床研修中には進路を決められませんでした。もう10年以上前の話しですが、まだ“総合診療”という言葉も十分に浸透してなかった時代でした。同僚や先輩から「総合診療って何してるかわからない」「やめたほうがいい」とかなりストレートに反対されました。
インタビュアー:その反対は、かなり大きかったですか。
A先生:大きかったですね。当時は全員が地元大学の専門科医局に入局するのが当然という流れが強く、出身大学の先輩や所属施設の指導医を含めて、自分の周りの医師ほぼ全員から反対されました。これだけ反対されると、自分の中に「総合診療がいい」という気持ちはあるけど、「でも本当にそれでいいのかな」という揺れをずっと抱える状態でした。
インタビュアー:その中で、どうやって今の道につながる一歩を選ばれたんですか。
A先生:自分で選び取ったというより、 「偶然」だったと感じています。3年目の派遣先は小さい病院でしたが、自前で内科のプログラムと家庭医療のプログラムを運営していました。特に深い考えは無く、どうせその場にいるなら取れる資格は取っておこうという軽い気持ちで専攻医になりました。医局に無所属のまま臨床研修を終えることは当時としては珍しく、この時も反対されました。ただ、「総合診療が何なのか」を理解できておらず、他に明確なやりたいことがあったわけでもない状態で、納得できないまま決断するのが出来なかったのだと思います。その中でも、「完璧に確信できてから進む」じゃなくて、「迷っていても、とりあえず接点のある場所に身を置く」ことが、その先のキャリアに繋がったのかもしれません。
第2章 「ここじゃない場所」への憧れと、「ここでできること」への手応え
インタビュアー:その後、その病院での勤務中に、現在のご所属である南奈良総合医療センターの立ち上げに関わっていかれたんですよね。
A先生:そうですね。地域の病院で働き始めてすぐ、その病院も含めた医療再編の話しが具体化されました。新しい病院ができる流れになり、その立ち上げに大きく関わらせてもらいました。振り返ると、「用意されたレールにただ乗っていた」というより、その時々で自分にできることを見つけ、開拓していった感じですね。
インタビュアー:ただ、先生は当時、今の場所にずっと残るつもりだったわけではなかったんですよね。
A先生:その場所で自分が十分に成長できるかすごく不安でした。海外留学とか、教育資源が豊富な都会に行くなど、違う場所に行かないと見えない景色があるんじゃないかと思い込んでしまっていて、当時は義務年限がある中でも、どうにかして外に学びに行けないかとずっと考えてました。
インタビュアー:その迷いは、かなり長くあったんですか。
A先生:ありました。実際、「全身を診るなら感染症科も良いのでは」というお話しをいただき、キャリアの途中では感染症内科で学ばせてもらったり、耐性菌の研究に関わらせてもらつ時期もありました。学問として感染症内科は面白かったです。しかしそこに関わってみて、自分が本当に向き合いたいのは菌や病気そのものじゃなくて、その人の生活や人生を含めた“人そのもの”なんだと気づきました。全体像を把握するとか、暮らしの中で支えるとか、そういうところに関わりたいだなという感覚を自覚出来たことは、キャリア選択のうえでかなり大きかったと思います。
インタビュアー:外に出たい気持ちと、今いる場所でできること。そのあいだで揺れながらも、少しずつ今の立ち位置が見えてきた。
A先生:そうですね。一般的に理想とされる恵まれた学習環境を与えらなくとも、今いる場所でも工夫次第で学びに溢れた自分にとっての最高の学習環境を作ることができる。そう思えるようになってから、景色が変わった気がします。そこは自分の中で大きな転換点だったかもしれないですね。
第3章 メンターは「同じ場所」にいなくてもいい
インタビュアー:義務年限のなかで働きながら、自分の学びやキャリアを広げていくのは難しさもあったと思います。その中で、先生が大切にしていたものは何だったのでしょうか。
A先生:「人とのご縁」です。これは本当に大きかったと思います。キャリアはある程度は計画できると思いますが、結局は「誰に出会うか」で大きく変わると感じています。私の場合も、いくつかの出会いがあって、そこから視界が一気に開けた感覚がありました。
インタビュアー:先生のお話しのなかでも、いくつかの印象的な先生方との出会いをご紹介いただきましたね。
A先生:そうですね。例えば海外で出会った「診療所と病院など規模感の違う施設を行き来しながら活躍する総合診療医」の先生から大きな影響を受けました。また、キャリアの早い段階で出会った師匠にあたる総合診療医がいて、悩んだ時にはいつも色々と相談させてもらってきました。もちろん、全部言われた通りにするわけではないですが、先を歩んでらっしゃる信頼できる人に相談できる環境は、すごく大事だと感じています。
インタビュアー:ただ、義務年限があると、同じ施設で長く一緒に働くというのは難しいこともありますよね。
A先生:そうなんです。そこで、私は「斜めの関係」という考えかたを大切にしてきました。それは、働く場所と、教えてもらう人の場所は、必ずしも一致させなくてもいいという考え方です。例えば余暇を利用して会いに行ったり、例え数時間でもその先生の臨床現場を見せてもらってご指導いただいたり、勉強会に参加させてもらったり。病院外で得た学びを持ち帰って、自分の職場で試してみる。わからないことがあればメールなどで教えてもらう。そんな形で、義務年限の中でも少しずつ学んでいました。
インタビュアー:自分から会いに行くんですね。
A先生:そうですね。書籍を読んで「この先生に会ってみたいな」と思ったら、学会で探したり、直接メールしたり。いま思うと、大胆だったかもしれません(笑)。でも、そうやって出会えた先生方から学んだことを、自分の現場に持ち帰って実践する。キャリアの若いうちは、それを繰り返してきました。働く場所は変えられなくても、自分の学び方は変えられる。その感覚をしっかり掴んだことで、自分のキャリアを主体的に作っていけるようになった気がします。
第4章 総合診療のキャリアを「見えるもの」にしたい
インタビュアー:ここまでのお話を聞いていると、先生ご自身が迷いながらもキャリアを作ってこられた印象があります。今、総合診療に関わる中で、これから取り組みたいことはありますか。
A先生:いまやりたいことは「学問としての総合診療の全体像」や「総合診療医の成長の仕方」など、まだクリアになっていない部分を見える化することです。総合診療に興味を持ってくれる人は一定数いらっしゃるのですが、「総合診療が何をしているかわからない、どう成長しどんな医師になれるのかが十分にクリアになっていない」という現状が、進路として選択することの妨げになっていると思います。
自分自身も若い頃はすごく迷いました。総合診療がいいなとは思っていたけれど、「それって具体的に何をする医者なのか」「その先にどんなキャリアがあるのか」を、うまく説明できなかったんです。だからこそ今は、「こういう学び方があって、こういう成長の仕方があるんだ」という道筋を、できるだけわかりやすく示したいと思っています。
インタビュアー:それが、先生が取り組まれている論文や執筆にもつながっているんですね。
A先生:そうですね。多様に見える総合診療医の仕事には実は一貫性があり、ロジカルに説明できる部分が多いのですが、外から見るとすごく曖昧に見えることが多いんですよね。だから、総合診療医が何をしているのか。どういう能力が必要で、どういう学び方をしていくのか。そういうものを整理して言葉にしていきたいと思っています。「総合診療の道に進むと、こういう景色があるんだ」ということが見える化されれば、安心して総合診療を選べる人が増えると思っています。
インタビュアー:まさに、これから総合診療を目指す人たちのための道づくりですね。
A先生:そうですね。自分が感じた余計な苦労を後輩は感じなくて済むようにすることが、学問領域としての発展にもつながると感じています。もちろん、総合診療を一つの型に当てはめたいわけではないんですが、少なくとも「最初の一歩」は、もう少し踏み出しやすくしたい。
何を学べばいいのか、どこから始めればいいのか、何が総合診療医の共通項なのかが見えるようにしたいんです。その先は、それぞれが好きなように広がっていけばいいと思っています。若い世代には、僕らがまだできていないことを、どんどんやっていってほしい。そのための土台を、少しでも整えたいと思っています。
編集後記
「総合診療って何をする医者なんだろう。」
そして、
その先にどんなキャリアがあるんだろう。
そう思ったことのある医学生や若手医師は、きっと少なくないのではないでしょうか。
今回お話を伺ったA先生も、かつては同じように迷いの中にいました。周囲から「総合診療はやめた方がいい」と言われたこともあり、別の専門を考えた時期もあったといいます。
それでも、さまざまな出会いの中で少しずつ自分の進む道を見つけ、今は「安心して総合診療の道に進んでいいと思える世界をつくりたい」と語ります。
印象的だったのは、「場所が変わらなくても、学び方は変えられる」という言葉でした。環境や制度の制約があっても、人とのつながりや学び方次第でキャリアは形づくられていく。A先生の歩みは、そのことを静かに教えてくれているように感じました。
総合診療のキャリアは、まだ十分に「見えるもの」になっているとは言えないかもしれません。だからこそ、これからこの分野に進む人たちが、その姿を少しずつ描いていくことになるのだと思います。
もしこの記事を読んで、「総合診療もいいかもしれない」と少しでも思えたなら。
その一歩が、これからの総合診療の未来を形づくっていくのかもしれません。